龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
鵜飼吉左衛門・幸吉墓
2008-08-24 Sun 19:42
鵜飼吉左衛門・幸吉墓

(長楽寺)鵜飼吉左衛門墓

(長楽寺)鵜飼幸吉墓


京都府京都市東山区円山町の長楽寺にあります。


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梅田雲浜邸跡
2008-07-26 Sat 21:14
梅田雲浜邸跡

梅田雲浜邸跡

安政5年9月7日夜、伏見奉行・内藤豊後守の手によってここで捕えられました。

梅田の家宅は捜索されましたが、新和歌集1冊と左伝5,6冊以外に目ぼしいものは見つからなかったそうです。
これは、門弟で長州藩士の赤根武人が梅田逮捕の際同士間の往復書簡を焼いて禍が他に及ぶことを防いだ為です。

所在地:中京区烏丸通リ御池上ル東側、道路に面して石碑があります。


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奉拝鳳闕詩(山河襟帯の詩)
2008-06-19 Thu 17:22
奉拝鳳闕詩(山河襟帯の詩)

奉拝鳳闕詩


嘉永6年10月2日、長州藩士・吉田松陰が京都に滞在中、梁川星巌から孝明天皇が時局に対する御深憂を承り感激してこの詩を作成する。

 奉拝鳳闕詩
山河襟帯自然の城、
東来日として神京を憶はざるなし、
今朝盥嗽して鳳闕を拝し、
野人悲泣して行くこと能わず、
上林黄落して復た昔に非ず、
空しく山河の変更なき有り、
聞説く今皇聖明の徳、
天を敬い民を憐み至誠より発す、
鶏鳴乃ち起き親ら斎戒し、
妖氛を掃ひて太平を致さんことを祈る、
従来英皇世出て給はず、
悠悠機を失す今の公卿、
安んぞ天詔を六師に勅して、
坐ながら皇威をして八紘に被らしむるを得ん。
人生は萍の若く定住なし、
何れの日にか重ねて天日の明なるを拝せん。
 右は癸丑十月朔旦、鳳闕を拝し奉り、蕭然として之を賦す、時に余将に西走して海に入らんとす
 丙辰季夏                二十一回藤寅手録

 是れ寅、癸丑十月禁闕を拝して作る也。後六年、八十八卿が闕に詣でて抗疎の事あり。天子徳して勅論を納め、汗発して四方遵則する能わず。外藩更に愧るべき也。巳未五月下浣う。藤寅録



京都市左京区岡崎公園の府立図書館の前に明治41年、松陰没後50年を記念して石碑が建立されました。


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梁川星巌邸跡
2008-06-19 Thu 16:50
梁川星巌邸跡

(京都)梁川星巌邸跡


所在地:京都府京都市左京区川端通リ丸太町上ル東側

嘉永2年、頼山陽の山紫水明所と鴨川を挟んだ場所に居を構え『鴨沂小隠』と名づけました。
梅田雲浜・頼三樹三郎・吉田松陰ら勤王の志士達は頻繁にここを訪れ議論を交わしました。


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明治天皇誕生地
2008-06-14 Sat 19:27
明治天皇誕生地

明治天皇誕生地


嘉永5年9月22日、孝明天皇の第2皇子として、権大納言・中山忠能邸内の御産所において生まれ、祐宮と命名されるる。
母は大納言・中山忠能の女典侍慶子。

中山邸御産所


祐井


京都御所北東に中山邸があり、柵に囲まれた敷地内に誕生地碑、祐井、御産所があります。


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