龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
井伊直弼供養塔
2008-01-31 Thu 18:31
井伊直弼供養塔

井伊直弼供養塔


彦根市里根町にある天寧寺にあります。

直弼の父直中が手打ちにした腰元の供養の為に創建された寺で、直弼の血を吸った桜田門外の土や遺品が4斗樽4杯に詰めて埋められ、その上に宝篋印塔の供養塔が建てられました。


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井伊直弼像
2008-01-31 Thu 18:16
井伊直弼像

井伊直弼像


彦根城天守閣の内堀を挟んだ位置にある金亀児童公園内にあります。

最後の官職である正四位左近中将の正装の姿をしています。


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井伊直弼誕生地
2008-01-31 Thu 18:06
井伊直弼誕生地

井伊直弼誕生地


文化12年10月29日、彦根城天守閣と内堀を挟んだ場所にある下屋敷の「楽々園」と呼ばれる庭園内にある槻御殿で、第11代彦根藩主・井伊直中の14男として側室お富の方との間に生まれました。
槻御殿

直弼は埋木舎に移るまでの17年間をここで過ごしました。

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埋木舎
2007-01-01 Mon 20:51
埋木舎

埋木舎
埋木舎



井伊直弼が第13代彦根藩主になるまで住んでいた屋敷。

井伊直弼は11代藩主・井伊直中の14男として生まれ、他家に養子に行くか部屋住みとなって捨扶持で生活する運命にありました。

天保12年に300俵の捨扶持を与えられ彦根城城外の屋敷に移りました。そこが「埋木舎」です。

この屋敷名は、この頃直弼が詠んだ歌に由来しています。
「世の中をよそに見つつもうもれ木の 埋もれておらむ心なき身は」

直弼はここで禅・居合術・兵学・茶道・国学・和歌などの修行をし、その道を究めました。

「埋木舎」での生活が一生続くかと思われていましたが、弘化3年兄である第12代藩主・井伊直亮の死によって15年に及ぶ部屋住み生活が突然終わります。この時直弼32歳、以後激動の安政年間に身を投じていきます。
埋木舎
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