龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
安政2年(1855)10月
2007-01-31 Wed 17:36
おっす龍馬ぜよ。今年で21歳になるぜよ。
今日は安政2年10月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

10月1日
仏国艦隊司令長官・ゲランが琉球中山府総理官・本部按司、布政官・棚原親方と会し、通商条約の締結を迫る。

10月1日
徳山藩主・毛利広篤、田原藩主・三宅康保等が参府により、黒石藩主・津軽朝澄が就封により登営する。

10月2日
関東地方を中心に大地震が起こる。(安政の大地震

10月2日
水戸藩側用人・藤田東湖、江戸小石川藩邸にて震災により死亡。(50歳)

10月2日
水戸藩家老・戸田忠太夫、江戸小石川藩邸にて震災により死亡。(52歳)

10月2日
長州藩士・木梨三丘、江戸桜田藩邸にて震災により死亡。

10月2日
長州藩士・都野東兵衛、江戸桜田藩邸にて震災により死亡。(34歳)

10月2日
久留米藩士・不破孫市、江戸藩邸にて震災により死亡(38歳)

10月4日
長崎奉行所が購入した洋式小銃3000丁が江戸へ輸送される。

10月6日
禁裏造営掛・川路聖謨が京都を出立し大坂に向かう。

10月6日
前水戸藩主徳川斉昭が屯田農兵に関する意見を幕府に陳情する。

10月7日
禁裏造営掛・川路聖謨が大坂に入る。

10月9日
佐倉藩主・堀田正睦が老中に再任し阿部正弘に代わり老中首座に任命される。

10月9日
禁裏造営掛・川路聖謨が大坂海岸を巡視する。

10月10日
禁裏造営掛・川路聖謨が西宮海岸を巡視する。

10月10日
第9代園部藩主・小出英教、死去。(27歳)

10月11日
禁裏造営掛・川路聖謨が兵庫和田岬を巡視する。

10月15日
琉球中山府総理官・本部按司、布政官・棚原親方等が仏国艦隊司令長官・ゲランと和親条約十一款を締結する。

10月15日
権大納言・一条忠香の養女・美香子が江戸に到着する。

10月15日
第14代人吉藩主・相良長福、死去。(32歳)

10月19日
禁裏造営掛・川路聖謨が帰京する。

10月20日
海軍伝習員の小十人・矢田堀鴻、勝義邦等が長崎に至る。

10月24日
侍従・飛鳥井雅典が議奏加勢に任命される。

10月24日
長崎海軍伝習所が開設され取締・永井尚志のもとで第一次伝習が始まり勝義邦等が伝習を受ける。

10月29日
前田利益が大聖寺藩主に襲封する。


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安政2年(1855)9月
2007-01-31 Wed 17:18
おっす龍馬ぜよ。今年で21歳になるぜよ。
今日は安政2年9月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

9月1日
長崎海軍伝習員の小十人・矢田堀鴻、勝義邦、伊豆韮山代官手代・望月大象、浦賀奉行組与力・中島三郎助等が昇平丸に乗船し海路長崎に向う。

9月1日
宇和島藩主・伊達宗城が兵学者・大村益次郎の設計した洋式軍艦模型の試運転を観る。

9月1日
彦根藩主・井伊直弼が参府により、飯山藩主・本多助賢が就封により登営する。

9月7日
長崎奉行・荒尾成允、川村修就が英国東インド艦隊司令長官・スターリングと西庁に会す。

9月7日
禁裏造営掛・川路聖謨が江戸を発す。

9月10日
英国東印度艦隊司令長官・スターリングが軍艦三隻を率いて長崎を出港する。

9月13日
第10代湯長谷藩主・内藤政民、死去。(50歳)

9月14日
西丸目付・岡部長常が目付に任命される。

9月15日
権大納言・一条忠香の養女・美賀子が一橋家当主・一橋慶喜との婚儀の為京都を出立する。

9月15日
両番格浜殿奉行見習・木村喜毅が西丸目付に任命される。

9月15日
刈谷藩主・土井利善が参府により、上ノ山藩主・松平信宝、庭瀬藩主・板倉勝全等が就封により登営する。

9月16日
小村寿太郎、日向国飫肥にて生まれる。

9月18日
京都所司代・脇坂安宅が関白・鷹司政通、武家伝奏・三条実万、東坊城聡長、議奏・広橋光成、万里小路正房に米英露三国との和親条約の写しを提出し条約締結の内容を説明する。

9月18日
松平乗命が岩村藩主に襲封する。

9月21日
仙台藩主・伊達慶邦、府内藩主・大給近説等が参府により登営する。

9月22日
関白・鷹司政通、和親条約締結に対する幕府の措置を了承する朝旨を伝える。

9月22日
若年寄・森川俊民を罷む。

9月22日
英国軍艦「シビル号」が長崎から箱館に入港する。

9月23日
禁裏造営掛・川路聖謨が京都に至る。

9月27日
仏国軍艦「ウイルジニー号」「シビル号」「コルベール号」が那覇に入港する。

9月29日
老中・阿部正弘、内藤信親、若年寄・側衆等が横浜に赴き水戸藩に依託建造中の大船を検分する。

9月29日
禁裏造営掛・川路聖謨が参内する。

9月29日
英国軍艦「シビル号」「ホルネット号」が箱館を出港する。

9月30日
長崎奉行・荒尾成允、川村修就、目付・浅野一学と蘭国理事官・クルティウスが会談し、日蘭和親条約の予備協定二十九条に仮調印する。


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安政2年(1855)8月
2007-01-31 Wed 16:51
おっす龍馬ぜよ。今年で21歳になるぜよ。
今日は安政2年8月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

8月4日
老中・松平乗全、松平忠固を罷む。

8月7日
幕府が諸政改革の大綱を布告する。

8月9日
勘定奉行・川路聖謨が禁裏造営掛に任命される。

8月9日
留守居・跡部良弼、土岐頼旨が大目付に、田安家老・堀田正路、一橋家老・加藤正行が留守居に、勘定奉行・石河政平が一橋家老に、田村顕影 が田安家老に、普請奉行・石谷穆清が勘定奉行に、下田奉行・伊沢政義が普請奉行に、西丸目付・根岸衛奮が新潟奉行に任命される。

8月9日
大目付・筒井政憲、勘定奉行・水野忠徳らが薩摩藩主・島津斉彬を訪ね時事を談ず。

8月10日
井口省吾、静岡にて生まれる。

8月12日
幕府が津山藩医・箕作阮甫に洋学所勤務を命じる。

8月13日
幕府が薩摩藩主・島津斉彬の献納した砲艦「昇平丸」を受領する。

8月14日
幕府が前水戸藩主・徳川斉昭を幕政参与に再任する。

8月15日
小田原藩主・大久保忠愨、館林藩主・秋元志朝、烏山藩主・大久保忠美、佐貫藩主・阿部正恒、足利藩主・戸田忠文、高岡藩主・井上正和、荻野山中藩主・大久保教義、吹上藩主・有馬氏郁等が参府により、古河藩主・土井利則、沼田藩主・土岐頼之、久留里藩主・黒田直質、岩槻藩主・大岡忠恕、大多喜藩主・大河内正和、鶴牧藩主・水野忠宝、岡部藩主・阿部信宝、飯野藩主・保科正益、小見川藩主・内田正徳等が就封により登営する。

8月16日
有馬道純が丸岡藩主に襲封する。

8月18日
英国東インド艦隊司令長官・スターリングが軍艦「ウインチェスター号」を率いて長崎に入り、条約本書批准交換を請う。

8月20日
第10代亀田藩主・岩城隆信、死去。(18歳)

8月25日
長崎奉行・荒尾成允、同川村修就、目付・永井尚志が、蘭国理事官・クルチウスより蘭国国王から寄贈された蒸気軍艦「スンピン号」を受領する。(後の観光丸)

8月29日
長崎奉行・荒尾成允、川村修就、目付・永井尚志、浅野一学等が英国東インド艦隊司令長官・スターリングと日英和親条約批准書を交換する。


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安政2年(1855)7月
2007-01-31 Wed 16:43
おっす龍馬ぜよ。今年で21歳になるぜよ。
今日は安政2年7月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

7月1日
山形藩主・水野忠精、岩村藩主・松平乗喬、出羽松山藩主・酒井忠良、大田原藩主・大田原富清、天童藩主・織田信学等が就封により登営する。

7月5日
岩城隆信が亀田藩主に襲封する。

7月12日
議奏加勢・徳大寺公純を罷む。

7月12日
前田利行が大聖寺藩主に襲封する。

7月13日
老中・阿部正弘、久世広周、若年寄・鳥居忠挙、本多忠徳等が浜庭に赴き船打演習を検閲する。

7月14日
松平忠敬、米沢藩主・上杉斉憲の6男として生まれる。

7月16日
第6代岩村藩主・松平乗喬、死去。(35歳)

7月23日
薩摩藩士・西郷善兵衛が虎寿丸の一周忌に高輪大円寺へ墓参する。

7月28日
盛岡藩主・南部利剛が参府により、高島藩主・諏訪忠誠、小諸藩主・牧野康哉等が就封により登営する。

7月28日
弘前藩世子・津軽承祐、死去。

7月29日
幕府、長崎に海軍伝習所の設立を決定し、在勤の目付・永井尚志に蒸気船運用伝習指揮を命じる。

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安政2年(1855)6月
2007-01-30 Tue 20:34
おっす龍馬ぜよ。今年で21歳になるぜよ。
今日は安政2年6月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

6月1日
桑名藩主・松平猷、小島藩主・滝脇信進等が参府により、一ノ関藩主・田村邦行が就封により登営する。

6月4日
一柳末彦が小野藩主に襲封する。

6月5日
幕臣が大目付・筒井政憲、勘定奉行・川路聖謨、水野忠徳、目付・水野忠徳等を蕃書翻訳用掛に任命し、洋学所の設立準備にあたる。

6月10日
第5代中津藩主・奥平昌高、死去。(75歳)

6月19日
幕府、江戸湯島鋳造所で洋式小銃の鋳造を開始する。

6月22日
アメリカにて貿易商のタウンゼント=ハリスが初代日本駐在総領事に任命される。

6月23日
庄内藩主・酒井忠発、松代藩主・真田幸教、白河藩主・阿部正耆、笠間藩主・牧野貞明、三春藩主・秋田憙季、備中松山藩主・板倉勝静、今治藩主・久松勝道、福島藩主・板倉勝顕、村松藩主・堀直央、長島藩主・増山正修、森藩主・久留島通胤、須坂藩主・堀直武、七日市藩主・前田利豁等が参府により登営する。

6月25日
鯖江藩主・間部詮勝、高田藩主・榊原政恒、飯山藩主・本多助賢、大垣藩主・戸田氏正、尼崎藩主・桜井忠栄、淀藩主・稲葉正邦、宇都宮藩主・戸田忠明、延岡藩主・内藤政義、吉田藩主・大河内信古、浜松藩主・井上正直、新発田藩主・溝口直溥、大野藩主・土井利忠、福知山藩主・朽木綱張、鳥羽藩主・稲垣長明、水口藩主・加藤明軌、挙母藩主・内藤政文、与板藩主・井伊直経、結城藩主・水野勝進、飯田藩主・堀親義、小諸藩主・牧野康哉、大田原藩主・大田原富清、谷田部藩主・細川興貫、天童藩主・織田信学、伯太藩主・渡部章綱、奥殿藩主・大給乗謨、安志藩主・小笠原棟幹等が就封により登営する。

6月26日
英国艦隊司令長官・スターリングが軍艦「ウインチエスター号」「ナンキン号」「ピック号」「ターター号」を率いて箱館を出港する。

6月27日
薩摩藩主・島津斉彬が品川繋留の砲艦「昇平丸」の納付を幕府に請う。

6月29日
権大納言・徳大寺公純が議奏加勢に任命される。

6月29日
幕府、諸大名・旗本に洋式銃の訓練を命じる。


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安政2年(1855)5月
2007-01-30 Tue 14:26
おっす龍馬ぜよ。今年で21歳になるぜよ。
今日は安政2年5月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

5月1日
大坂奉行・川村修就が長崎奉行に任命される。

5月1日
金沢藩世子・前田慶寧、長岡藩世子・牧野忠恭等が就封により登営する。

5月3日
松平慶倫が津山藩主に襲封する。

5月10日
目付・大久保忠寛が軍制改正用掛に任命される。

5月13日
米国艦隊司令官・ロッヂャースが軍艦「ヴィンセンス号」・「クーパー号」を率いて箱館を出港する。

5月14日
老中・阿部正弘、牧野忠雅、久世広周、若年寄・遠藤胤統等が品川台場及び薩摩藩軍艦「昌平丸」を検分する。

5月14日
第9代亀田藩主・岩城隆永、死去。(19歳)

5月15日
鳥取藩主・池田慶徳、佐倉藩主・堀田正篤、柳河藩主・立花鑑寛、久居藩主・藤堂高聴等が参府により、篠山藩主・青山忠良、新谷藩主・加藤泰理、伊予松山藩主・久松勝善、忍藩主・松平忠国、姫路藩主・酒井忠顕等が就封により登営する。

5月15日
下田取締掛・川路聖謨、水野忠徳、岩瀬忠震、下田奉行・石沢政義等が帰府し登営する。

5月21日
戸田氏良が大垣支藩野村藩主に襲封する。

5月24日
英国東印度艦隊司令長官・スターリングが軍艦「ウインチェスター号」「ターター号」を率いて箱館に入港する。

5月26日
長州藩藩政参与・村田清風、中風により病死。(73歳)

5月29日
松平義生、園部藩主・小出英教の次男として生まれる。


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安政2年(1855)4月
2007-01-29 Mon 19:26
おっす龍馬ぜよ。今年で21歳になるぜよ。
今日は安政2年4月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

4月1日
勘定吟味役・井上清直が下田奉行に任命される。

4月1日
加賀藩主・前田斉泰、広島藩世子・浅野慶熾、二本松藩世子・丹羽長国等が参府により、津藩主・藤堂高猷、久留米藩主・有馬慶頼、津和野藩主・亀井茲監等が就封により登営する。

4月1日
長崎奉行・荒尾成允、目付・永井尚志等が英国艦隊司令長官・スターリングと西庁にて会す。

4月3日
プロイセンの商船「グレタ号」が箱館に入港して交易を要求する。

4月6日
英国軍艦「サラセン号」が箱館に入港する。

4月8日
正三位・六条有容が土佐藩主・山内豊信の姉・真喜と結婚する。

4月10日
長崎奉行・荒尾成允、目付永井尚志が仏国艦隊司令官・モンラベルと会談、通商要求を拒否する。

4月12日
頭山満、福岡藩士の子として生まれる。

4月13日
英国軍艦「ターター号」が箱館に来航する。

4月14日
英国艦隊司令官・スターリングが軍艦「ウインチェスター号」に乗じ箱館に来航する。

4月15日
川越藩主・松平直侯が参府により登営する。

4月18日
福井藩主・松平慶永、津山藩世子・松平慶倫、明石藩主・松平慶憲、大聖寺藩主・前田利義、新庄藩主・戸沢正実、丸亀藩主・京極朗徹、三田藩主・九鬼精隆、佐土原藩主・島津忠寛、赤穂藩主・森忠徳、伊予吉田藩主・伊達宗孝、園部藩主・小出英教、足守藩主・木下利安、栢原藩主・織田信民、豊岡藩主・京極高篤、岡田藩主・伊東長裕、山家藩主・谷衛弼、米沢藩支藩主・上杉勝道、清末藩主・毛利元純、芝村藩主・織田長易、狭山藩主・北条氏燕等が参府により登営する。

4月20日
前権大納言・武者小路公隆、死去。(71歳)

4月20日
第12代大聖寺藩主・前田利義、死去。(23歳)

4月20日
犬養毅、備中国庭瀬村にて大庄屋・犬飼源左衛門の次男として生まれる。

4月21日
広島藩主・浅野斉粛、二本松藩主・丹羽長富、米沢藩主・上杉斉憲、松江藩主・松平定安、久保田藩主・佐竹義睦、中村藩主・相馬充胤、伊勢亀山藩主・石川総禄、臼杵藩主・稲葉観通、出石藩主・仙石久利、広瀬藩主・松平直諒、高鍋藩主・秋月種殷、人吉藩主・相良長福、本庄藩主・六郷政和、佐伯藩主・毛利高泰、柳本藩主・織田信陽、大溝藩主・分部光貞、仁正寺藩主・市橋長和、鳥取支藩若桜藩主・池田清直、三日月藩主・森俊滋、小松藩主・一柳頼紹、多度津藩主・京極高琢、下手渡藩主・立花種恭等が就封により登営する。

4月22日
幕府が京都警備の部署を定め堺町・寺町・清和院・今出川諸門を彦根藩主・井伊直弼に、下立売・蛤・中立売・乾諸門を小浜藩主・酒井忠義、郡山藩主・柳沢保徳に警備させる。

4月25日
第7代丸岡藩主・有馬温純、死去。(27歳)

4月27日
下田取締掛・川路聖謨、水野忠徳、岩瀬忠震等が下田からの帰府の途中、浦賀付近を視察する。

4月27日
英国軍艦「スチックス号」が箱館に来航する。

4月28日
丹後田辺藩主・牧野誠成、参府により、佐貫藩主・阿部正恒、宇土藩主・細川立則等が就封により登営する。


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安政2年(1855)3月
2007-01-29 Mon 18:58
おっす龍馬ぜよ。今年で21歳になるぜよ。
今日は安政2年3月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

3月3日
長州藩士・吉田松陰が前年に起した海外渡航に関する『回顧録』を執筆する。

3月4日
仏国印度支那艦隊司令官・モンラベルが軍艦「コンスタンチーヌ号」に乗じて下田に入港する。

3月4日
尾張藩主・徳川慶恕が就封により登営する。

3月10日
伊豆国、戸田村で建造していた新造帆船「ヘダ号」が進水する。

3月11日
仏国軍艦「コルベール号」が下田に入港する。

3月12日
英国艦隊司令官・エリオットが軍艦「サイビル号」に乗じ、軍艦「ホルネット号」「ビターン号」を率いて箱館に入港する。

3月13日
下田取締掛・川路聖謨、水野忠徳、岩瀬忠震等が帰府し露使応接の状況を報告する。

3月15日
勅使・三条実万、東坊城聰長を所司代・脇坂安宅邸に遣わし年賀に答える。

3月15日
弘前藩世子・津軽承祐、小田原藩主・大久保忠愨が就封により登営する。

3月16日
箱館奉行・竹内保徳が英国艦隊司令官・エリオットと淨玄寺にて会す。

3月20日
下田取締掛・川路聖謨、水野忠徳、岩瀬忠震等が江戸を発し下田に赴く。

3月22日
露使・プチャーチンが「ヘダ号」にて帰国の途につく。

3月23日
フランス艦隊が長崎に入港する。

3月24日
イギリス東インド艦隊司令長官・スターリングが日英和親条約の批准書交換のため長崎に入港する。

3月27日
幕府が仙台藩主・伊達慶邦、久保田藩主・佐竹義睦、弘前藩主・津軽順承、盛岡藩主・南部利剛、松前藩主・松前崇広等に蝦夷地警備を命じる。

3月27日
米国測量艦隊司令官海軍代将軍・ロッヂャースが軍艦「ヴインセンズ号」「ハンコック号」を率いて下田に渡来し、奉行・伊沢政義に面会を求める。

3月27日
第7代大垣新田藩主・戸田氏綏、死去。(51歳)

3月27日
第9代小野藩主・一柳末延、死去。(42歳)


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安政2年(1855)2月
2007-01-29 Mon 18:50
おっす龍馬ぜよ。今年で21歳になるぜよ。
今日は安政2年2月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

2月2日
若年寄・本多忠徳、勘定奉行・松平近直、目付・鵜殿長鋭等が品川台場を検分する。

2月4日
第11代岸和田藩主・岡部長発、死去。(22歳)

2月9日
老中・阿部正弘、牧野忠雅、久世広周、若年寄・鳥居忠挙、遠藤胤統等が御殿山に赴き各台場の大砲演習を検閲する。

2月11日
伊豆・韮山の反射炉に初めて火入れが行われる。

2月12日
下田取締掛・川路聖謨、下田奉行・伊沢政義が江戸を発す。

2月14日
勘定組頭・中村時万等が、露国使節・プチャーチンと宝泉寺に会し帰国手順を協議する。

2月15日
会津藩主・松平容保、館林藩主・秋元志朝、安中藩主・板倉勝明、烏山藩主・大久保忠美、荻野山中藩主・大久保教義、足利藩主・戸田忠文、牛久藩主・山口弘敞、吹上藩主・有馬氏郁、高岡藩主・井上正和等が就封により登営する。

2月16日
前権大納言・高倉永雅、死去。(72歳)

2月18日
下田取締掛・川路聖謨、水野忠徳、下田奉行・伊沢政義等が下田に着任する。

2月22日
幕府、松前藩の松前城付近をのぞく蝦夷地全土を直轄領とする。

2月23日
土佐藩主・山内豊信が土佐に帰藩する。

2月24日
下田取締掛・川路聖謨、水野忠徳、岩瀬忠震等が大行寺で露国使節・プチャーチンと会し領事駐在権の撤廃を議す。

2月25日
岡部長寛が岸和田藩主に襲封する。

2月26日
下田取締掛・川路聖謨、水野忠徳、岩瀬忠震等が大行寺で露国使節・プチャーチンと会す。

2月28日
熊本藩主・細川斉護、島原藩主・松平忠精等が就封により登営する。

2月29日
幕臣、南町奉行・遠山景元、死去。(61歳)

2月30日
幕府の軍艦「鳳凰丸」が竣工し品川沖に廻航する。


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吉田松陰(下田獄中歌)
2007-01-28 Sun 20:08
下田獄中歌

吉田松陰が野山獄中で兄・梅太郎との往復書簡の裏に書き付けたもの。

 下田獄中の歌
世の人ハよしあし事もいわいへ、賎が誠は神ぞ知らん

 下田より囚人となり江戸へ送られし時、泉岳寺の前を過、義士に手向侍る。
かくすればかくなるものと知りながら、已むに已まれぬ大和魂

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安政2年(1855)1月
2007-01-27 Sat 12:42
おっす龍馬ぜよ。今年で21歳になるぜよ。
今日は安政2年1月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

1月3日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨等が下田から帰府する。

1月4日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨等が条約締結の経過を報告する。

1月5日
米応接掛・井戸覚弘らが米国使節・アダムスと下田・長楽寺で日米和親条約批准書を交換する。

1月5日
米国使節・アダムスが下田を去る。

1月7日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨、村垣範正等が帰府し登営する。

1月10日
幕府が勘定奉行・川路聖謨、水野忠徳、目付・岩瀬忠震に下田取締掛を命じる。

1月11日
米使応接掛・井戸覚弘、松本穀実、古賀増等が帰府する。

1月11日
米使応接掛・井戸覚弘、松本穀実、古賀増等が登営し日米和親条約批准書を提出する。

1月11日
長州藩士・金子重輔、下田にて米艦乗船を企て失敗し自首、岩倉獄にて病死。(25歳)

1月12日
宇和島藩が蒸気船建造を開始する。

1月13日
土佐藩主・山内豊信が藩地震災により帰藩を請う。

1月16日
幕府、日露和親条約の再交渉を決定する。

1月16日
幕臣、伊豆韮山代官、勘定吟味役・江川太郎左衛門、江戸にて死去。(55歳)

1月18日
幕府が勘定奉行・川路聖謨、水野忠徳、目付・岩瀬忠震等を下田に派遣する。

1月18日
幕府が小普請・小田又蔵、勝海舟、普請役・森山栄之助、津山藩医・箕作阮甫に下田取締掛手付を命じ、蘭書翻訳に従事させる。

1月23日
薩摩藩で日本初の洋式帆船「昇平丸」の試運転が行われる。

1月24日
寺社奉行吟味物調役・井上清直が勘定吟味役に任命される。

1月28日
岡山藩主・池田慶政、宇和島藩主・伊達宗城、川越藩主・松平直侯、長門府中藩主・毛利元周等が就封により登営する。

1月29日
菊池大麓、江戸にて箕作秋坪の次男として生まれる。


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安政元年(1854)12月
2007-01-26 Fri 17:05
おっす龍馬ぜよ。今年で20歳になるぜよ。
今日は安政元年12月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

12月2日
座礁していた露国軍艦「ディアナ号」が沈没する。

12月7日
幕府、戸田村での露国軍艦「ディアナ号」の代艦建造を許可する。

12月9日
米国使節・アダムスが「ポータハン号」で下田に入港し和親条約の批准書交換を求める。

12月12日
幕府が米国使節応接の為、儒役・林大学、・町奉行・井戸覚広、目付・鵜殿長鋭を下田に派遣する。

12月12日
下田奉行・伊沢政義、都築峰重が米国使節・アダムスと下田の長楽寺で会し条約批准交換期日に関し協議する。

12月13日
幕府が下田奉行・伊沢政義、都築峰重に米国との条約批准交換を委任する。

12月13日
福井藩主・松平慶永が老中・阿部正弘に書を送り京都守衛の幕命を得んことを求める。

12月13日
露国使節・プチャーチンが戸田村から下田に至る。

12月14日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨等が下田・長楽寺で露使・プチャーチンと領事駐在・下田代港・樺太定境に関し議す。

12月15日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨等が下田・長楽寺で露使・プチャーチンと領事駐在・下田代港・樺太定境に関し議す。

12月18日
下田奉行・伊沢政義、都築峰重等が米国使節・アダムスと長楽寺で会し、条約批准交換に関し協議する。

12月21日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨、露使・プチャーチンが下田・長楽寺で日露和親条約九ヶ条と附録四カ条を締結し下田・箱館・長崎開港期日及条約本書批准に関する覚書を交換する。
日露和親条約

12月21日
沼津藩主・水野忠良が参府により登営する。

12月23日
下田奉行支配組頭・黒川嘉兵衛、勘定格徒目付・平山敬忠等が米国使節・アダムスを訪ね条約批准交換に関し協議する。

12月24日
長崎奉行・水野忠篤が勘定奉行に任命される。

12月24日
幕府が露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨、村垣範正に帰府を命じる。

12月25日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨等が下田・長楽寺で露使・プチャーチンと露国人の帰国方法を議す。

12月26日
幕府が清水家の家主不在につき家領を没収する。

12月27日
米使応接掛・井戸覚広、伊沢政義、都築峰重等が米国使節・アダムスと長楽寺で条約本書の批准に関し協議する。

この年
薩摩藩士・西郷善兵衛が妻・スガと離婚する。


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嘉永7年(1854)11月
2007-01-25 Thu 16:58
おっす龍馬ぜよ。今年で20歳になるぜよ。
今日は嘉永7年11月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

11月1日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨が下田・福泉寺で露使・プチャーチンと会見する。

11月1日
島原藩主・松平忠精が参府により登営する。

11月2日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨等が露艦を訪問すr。

11月3日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨等が下田・福泉寺で露使・プチャーチンと和親通商及び定境等を議す。

11月4日
東海地方全域で地震が発生する。(安政東海地震

11月4日
下田停泊中の露国軍艦「ディアナ号」が津波により破損する。

11月5日
近畿から九州にかけて地震が発生する。(安政南海地震・土佐大地震

11月5日
露使・プチャーチンが軍艦「ディアナ号」修理のため下田以外の港の提供を幕府に要求する。

11月6日
伊地知幸介、薩摩にて生まれる。

11月7日
薩摩藩士・西郷善兵衛、樺山三圓らが水戸藩士・桜任蔵を訪ねる。

11月13日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨等が下田・玉泉寺で露使・プチャーチンと条約条款を議す。

11月14日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨等が下田・玉泉寺で露使・プチャーチンと条約条款を議す。

11月17日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨等が下田・玉泉寺で露国船商次官・ポシエットと会し船体修理地に関し議す。

11月18日
幕府が彦根藩主・井伊直弼に京都警備の増員を命じる。

11月26日
露国軍艦「ディアナ号」が修理の為、戸田港に向け下田を出港する。

11月26日
権中納言・正親町実徳を議奏加勢に任命する。

11月27日
嘉永から安政へ改元する。

11月28日
下田から戸田へ曳航中の露国軍艦「ディアナ号」が駿河一本松で座礁する。

11月29日
議奏加勢・正親町実徳を罷む。

11月29日
堀田正頌が佐野藩主に襲封する。

11月
土佐藩士・坂本龍馬が築屋敷三丁目の河田小龍を訪ねる。
龍馬のブログ


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嘉永7年(1854)10月
2007-01-22 Mon 20:41
おっす龍馬ぜよ。今年で20歳になるぜよ。
今日は嘉永7年10月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

10月1日
前水戸藩主・徳川斉昭が参内し天機を候す。

10月2日
若年寄・松平忠恵を罷む。

10月3日
露国使節・プチャーチンが軍艦「ディアナ号」で下田へ向けて天保山沖から出航する。

10月3日
老中・阿部正弘、久世広周、内藤信親等が府下駒場野にて会津藩兵の調練を検閲する。

10月7日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨が日露国境問題で樺太を放棄することを幕府に建議する。

10月12日
第2代佐野藩主・堀田正衡、死去。(60歳)

10月14日
露国使節・プチャーチンが軍艦「ディアナ号」で下田に入港する。

10月17日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨、下田奉行・伊沢政義、目付・松本穀実、勘定吟味役・村垣範正等が下田へ派遣される。

10月23日
露使応接掛・筒井政憲、川路聖謨、下田奉行・伊沢政義、目付・松本穀実、勘定吟味役・村垣範正等が下田へ到着する。

10月24日
長州藩士・吉田松陰が萩に到着し野山獄に入れられる。

10月24日
長州藩士・金子重輔が萩に到着し岩倉獄に入れられる。

10月27日
老中・阿部正弘、久世広周、内藤信親、若年寄・鳥居忠挙、本多忠徳、森川俊民等が完成した品川台場を検分する。


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嘉永7年(1854)9月
2007-01-22 Mon 15:46
おっす龍馬ぜよ。今年で20歳になるぜよ。
今日は嘉永7年9月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

9月1日
杵築藩主・松平親良が参府により登営する。

9月2日
幕府、オランダに下田と箱館を開港する。

9月7日
蘭国軍艦「スンビン号」が長崎を出港する。

9月8日
露国使節・プチャーチンが箱館を去る。

9月13日
幕府が英国との和親条約締結を布告する。

9月15日
勅使・三条実万、坊城俊明を所司代・脇坂安宅邸に遣わし年賀に答える。

9月15日
弘前藩主・津軽順承、淀藩主・稲葉正邦、津和野藩主・亀井茲監等が参府により登営する。

9月16日
松井康圭が棚倉藩主に襲封する。

9月18日
露国使節・プチャーチンが軍艦「ディアナ号」で大坂に入港、天保山沖に停泊する。
摂海侵入
9月18日
幕府が長州藩士・吉田松陰、金子重輔、松代藩士・佐久間象山らを自藩幽閉処分とする。
幕府裁決書
9月21日
田原藩主・三宅康保が就封により登営する。

9月22日
露国使節・プチャーチン来坂の報が江戸に到着、幕府は大坂奉行に対し、下田または長崎への回航を説得するよう命令する。

9月23日
長州藩士・吉田松陰と金子重輔が自藩幽閉の為江戸を出立する。

9月
十津川郷士・乾丘右衛門が小浜藩士・梅田雲浜を首領とし大坂の露艦隊打ち払いを計画する。


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日英和親条約
2007-01-22 Mon 14:54
日英和親条約

嘉永7年8月23日、長崎奉行水野忠篤・目付永井尚志と英国艦隊司令長官スターリングが調印し、長崎と箱館を英国に開放することを認めた。
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嘉永7年(1854)8月
2007-01-22 Mon 14:31
おっす龍馬ぜよ。今年で20歳になるぜよ。
今日は嘉永7年8月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

8月3日
米国軍艦「サスケハナ号」が下田を出港する。

8月6日
歌舞伎役者・八世市川団十郎が大坂の舞台に上がる前に割腹自殺する。(32歳)

8月10日
米国軍艦「ミシシッピ号」「サザムプトン号」が下田を出港する。

8月13日
長崎奉行水野忠篤・目付永井尚志等が英国東インド・シナ艦隊司令長官・スターリングと会見し条約締結に関し議す。

8月13日
松平直侯が川越藩主に襲封する。

8月15日
米沢藩主・上杉斉憲、尼崎藩主・桜井忠栄、小田原藩主・大久保忠愨、荻野山中藩主・大久保教義、多古藩主・久松勝行、牛久藩主・山口弘敞、吹上藩主・有馬氏郁等が参府により、沼田藩主・土岐頼之、久留里藩主・黒田直質、岩槻藩主・大岡忠恕、大多喜藩主・大河内正和、鶴牧藩主・水野忠宝、飯野藩主・保科正益、伊勢崎藩主・酒井忠強、小見川藩主・内田正徳等が就封により登営する。

8月18日
老中・阿部正弘、久世広周、若年寄・遠藤胤統、本庄道貫、森川俊民等が浜庭に大砲船打の演習を検分する。

8月18日
長崎奉行水野忠篤・目付永井尚志等が英国東インド・シナ艦隊司令長官・スターリングと再度会見し条約締結に関し議す。

8月18日
木下俊程が日出藩主に襲封する。

8月23日
長崎奉行・水野忠篤、目付・永井尚志が英国艦隊司令長官スターリングと日英和親条約七款を締結し、長崎、箱館の二港を開港する。

8月24日
福山藩士・山岡八十郎、藩主・阿部正弘の外交措置を憤慨し自刃する。(39歳)

8月25日
征夷大将軍・徳川家定が浜庭で大砲船打も演習を閲覧する。

8月26日
イギリス東インド・シナ艦隊司令長官、スターリングが長崎港を出港する。

8月27日
目付・堀利煕が箱館奉行に任命される。

8月27日
薩摩藩士・西郷善兵衛、樺山三圓が水戸藩士・藤田東湖を訪ねる。

8月29日
英国東インド・シナ艦隊司令長官・スターリングが長崎を去る。

8月30日
露国使節・プチャーチンが軍艦「ディアナ号」で箱館