龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
橋本左内
2007-11-28 Wed 12:41
橋本左内

肖像・橋本左内


生:天保5年3月11日
没:安政6年10月7日
福井藩士
贈正四位

略歴

天保5年、福井藩奥外科医・橋本長綱の長男として生まれる。

嘉永元年、「啓発録」を著す。

嘉永2年、大坂で緒方洪庵が開く適々斎塾に入門する。

嘉永5年、福井に帰国し家督を継ぐ。

安政元年、江戸に出て杉田成卿、戸塚静海らに蘭学を学び、藤田東湖、西郷吉兵衛らと交流を持つ。

安政2年、御書院番、藩校明道館講究師同様心得に任命される。

安政4年、藩主・松平慶永から一橋慶喜擁立運動の周旋を命じられる。

安政5年2月、京にて慶喜への内勅降下と通商条約の勅許あるよう公卿内で奔走する。

安政5年6月、大老・井伊直弼の失脚をはかる。

安政5年7月、藩主・松平慶永が隠居を命じられたことにより、謹慎生活に入る。

安政5年10月、幕吏の捜査を受け、福井藩士・滝勘蔵方に預けられ尋問を受ける。

安政6年、江戸伝馬町獄舎にて斬首。26歳

墓所:東京都荒川区にある回向院
墓所:福井県福井市にある善慶寺(現左内公園)






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三条実万隠棟之地
2007-11-23 Fri 21:29
三条実万隠棟之地

三条実万隠棟之地


安政6年3月27日、安政の大獄により辞官・落飾に追い込まれた前内大臣の三条実万
は愛宕郡一乗寺村の曼殊院寺侍渡辺仲助の家を借りて住み、10月6日に58歳でこの地で
亡くなりました。

所在地:京都市左京区一乗寺堀の内町葉山観音通り






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三条実万
2007-11-19 Mon 16:15
三条実万

生:享和2年(1802)2月15日
没:安政6年(1859)10月6日
公家・内大臣
正一位

略歴

享和2年、内大臣・三条公修の子として生まれる。

文政7年、権大納言に任命される。

天保2年、議奏に任命される。

嘉永元年、武家伝奏に任命される。

安政4年、内大臣に任命される。

安政5年、将軍継嗣問題で一橋慶喜擁立を周旋する。

安政6年4月、安政の大獄により謹慎処分を受け出家し、一乗寺村に幽居する。

安政6年10月、病気危篤につき謹慎が解かれ従一位に任命される。

安政6年10月、死去。58歳

文久2年、贈右大臣。

明治32年、正一位。




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