龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
戸田忠太夫
2008-07-06 Sun 14:42
戸田忠太夫

生:文化元年(1804)6月
没:安政2年(1855)10月2日
水戸藩家老
贈正四位

略歴

文化元年、水戸藩士・戸田忠之の子として生まれる。

文化10年、家督を継ぎ小普請組に任命される。

文政3年、大番組頭に任命される。

文政11年、目付に任命される。

文政12年、水戸藩主継嗣問題に当たり徳川斉昭を擁立する。

天保7年、御側用人に任命される。

天保10年、水戸藩若年寄に任命される。

天保11年、藩校・弘道館の造営に参与する。

弘化元年、藩主・徳川斉昭が謹慎処分を受けると共に免職、蟄居謹慎を命じられる。

弘化3年、蟄居処分が解かれる。

嘉永5年、謹慎処分が解かれる。

嘉永6年、江戸藩邸に召し出され海岸防禦御用掛に任命される。

安政2年、安政の大地震により死去。52歳

墓所:茨城県水戸市酒門町の酒門共有墓地


一口メモ

・藤田東湖と共に水戸藩の双璧とされ「水戸の両田」と称される。

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