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龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
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文久2年(1862)12月
2010-03-05 Fri 15:47
おっす龍馬ぜよ。今年で28歳になるぜよ。
今日は文久2年12月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

12月1日
幕府、歩兵・騎兵・砲兵から成る「幕府三兵隊」を組織し陸軍奉行に大関増裕を任命する。

12月2日
宇和島藩主・伊達宗城が京へ向かう。

12月3日
勅使・三条実美と副使・姉小路公知が政事総裁職・松平慶永を招き攘夷の朝旨布告及薩摩藩国父・島津久光の京都守護職新補に関する幕議を問う。

12月3日
土佐藩士・中岡慎太郎が前土佐藩主・山内豊信を訪ねる。

12月4日
勅使・三条実美と副使・姉小路公知が江戸城に登城する。

12月4日
坂本龍馬が越前藩邸を訪ね、政事総裁職・松平慶永への拝謁を依頼する。

12月5日
勅使・三条実美と副使・姉小路公知が江戸城に登城し征夷大将軍・徳川家茂が攘夷決行・親兵編制につき奉答書を上る。

12月5日
坂本龍馬が間崎哲馬・近藤長次郎と共に政事総裁職・松平慶永に拝謁し勝海舟・横井小楠への添書きを受ける。
龍馬のブログ

12月6日
土佐藩主・山内豊範が勅使・三条実美と副使・姉小路公知に先立って西上の途に就く。

12月6日
土佐藩士・武市半平太が政事総裁職・松平慶永を訪ね、将軍入朝の急務を説く。

12月7日
勅使・三条実美と副使・姉小路公知が江戸を発す。

12月8日
宇和島藩主・伊達宗城が上洛し浄光寺を宿とする。

12月9日
朝廷、新たに国事御用を設置し、関白・近衛忠煕、左大臣・一条忠香、右大臣・二条斉敬、青蓮院門主入道・尊融親王、前右大臣・鷹司輔煕、内大臣・徳大寺公純、議奏・中山忠能、飛鳥井雅典、正親町三条実愛、三条実美、阿野公誠、長谷信篤、武家伝奏・坊城俊克、野宮定功、権大納言・近衛忠房、一条実良、広幡忠礼、権中納言・三条西季知、庭田重胤、徳大寺実則、参議・橋本実麗、右衛門督・柳原光愛、左衛門督、大原重徳、右近衛権少将・河鰭公述、左近衛権少将・東久世通禧、侍従・裏辻公愛、橋本実梁、権右中弁・万里小路博房、中務少輔・勘解由小路資生、右近衛権少将・姉小路公知を任命する。

12月9日
大目付・竹本正雅、神奈川奉行・浅野氏祐が英国代理公使・ニールを訪ね、勅命により御殿山公使館用地の放棄を求めるが拒否される。

12月9日
京都守護職・松平容保が江戸を発し赴任の途に就く。

12月9日
遣欧使節が品川に帰港する。

12月9日
坂本龍馬が越前藩邸を訪ね勝海舟への紹介状を受け取る。

12月9日
赤穂藩家老・森主税、同藩攘夷急進派の西川升吉ら十三人により暗殺される。
文久事件

12月9日
赤穂藩参政、村上真輔、同藩攘夷急進派の西川升吉ら十三人により暗殺される。(65歳)
文久事件

12月9日
幕府が講武所剣術教授方・松平主税助に浪士取扱、講武所剣術世話心得・山岡鉄舟、田安家奥詰・窪田治武右衛門に浪士取締役を命じる。

12月9日
坂本龍馬が門田為之助・近藤長次郎と共に勝海舟を訪れ門人となる。
龍馬のブログ

12月11日
幕府、水戸藩家老・武田耕雲斎に一橋慶喜の上京に随従を命じる。

12月11日
在京の薩摩・長州・土佐藩三藩留守居等が協議し外艦摂海に関する措置を関白・近衛忠熙に建言する。

12月12日
高杉晋作・久坂玄瑞・志道聞多・有吉熊次郎・大和弥八郎・長嶺内蔵太・白井小助・赤禰武人・山尾庸三・寺島忠三郎・伊藤俊輔・堀真五郎・福原乙之進ら13名の長州藩士が御殿山に建設中の英国公使館を焼き打ちする。
英国公使館焼き討ち事件

12月12日
岡山藩家老・土倉正彦が入京する。

12月12日
坂本龍馬が千葉重太郎・近藤長次郎と共に京都へ出立する。

12月15日
公武融和の朝廷説得工作の為、一橋慶喜が上洛の途につく。

12月16日
仏国全権公使・ドゥ・ベルクールが老中・板倉勝静、水野忠精と会見し生麦事件に関する措置を促す。

12月16日
五十人組、江戸土佐藩邸に到着する。

12月16日
幕府が前土佐藩主・山内豊信に上京を命じる。

12月16日
幕臣、伊豆韮山代官、講武所砲術師範役・江川英敏病没。(24歳)

12月18日
幕府、陸軍総裁・海軍総裁職を新設し、徳島藩主・蜂須賀斉裕に兼任させる。

12月18日
赤穂藩士・河原駱之助、赤穂郊外福泉寺にて自刃。(36歳)

12月18日
知恩院侍・深尾式部、柳馬場通夷川下ルの自宅にて暗殺される。(51歳)

12月19日
前宇和島藩主・伊達宗城が京都に至る。

12月19日
越前藩政治顧問・横井小楠が藩主・松平慶永の共として京都へ向かうこととなり、肥後藩江戸留守居役・吉田吉之助の別邸で都筑四郎、谷内蔵充らと別れの酒宴中、肥後勤王党の刺客に襲撃される。
士道忘却事件

12月19日
対馬藩家老・杉村大蔵、藩内革新派により斬殺される。

12月21日
関白・近衛忠熙が朝旨を仙台藩主・伊達慶邦に伝え攘夷の廟議決するを以って速やかに入朝非常に備えさせる。

12月21日
薩摩藩国父・島津久光が藩士・大久保一蔵を京へ遣し、関白・近衛忠熙、青蓮院門主入道尊融親王等に上京の猶予を請う。

12月21日
国学者・塙次郎、老中・安藤信正の依頼で廃帝に関し調査していると噂され、江戸九段坂にて長州藩士・伊藤俊輔、山尾庸兵らにより暗殺。(56歳)

12月21日
歌人・加藤甲次郎、江戸九段坂にて長州藩士・伊藤俊輔、山尾庸兵らにより暗殺。

12月22日
壬生藩家老・鳥居志摩、急進派藩士により暗殺される。

12月22日
壬生藩家老・鳥居千葉之允、急進派藩士により詰腹を切らされる。

12月23日
勅使・三条実美と副使・姉小路公知が京都へ帰る。

12月24日
幕府が小普請・鵜殿鳩翁を浪士取扱役に任命する。

12月24日
会津藩主・松平容保が藩兵一千人を率いて入京し京都守護職に着任、金戒光明寺に入る。

12月25日
松代藩士・佐久間象山が藩主・真田幸教の諮問に対し、公武一致・開国進取の国是確立の急務を陳ず。

12月25日
幕府が関白・近衛忠熙の辞職聴許を政事総裁職・松平慶永の上京するまで猶予せんことを奏請する。

12月26日
岡倉天心、生まれる。

12月29日
坂本龍馬が千葉重太郎と共に兵庫の勝海舟を訪ねる。


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