FC2ブログ
龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
文久3年(1863)1月
2010-03-13 Sat 16:45
おっす龍馬ぜよ。今年で29歳になるぜよ。
今日は文久3年1月の歴史を振り返るきに。
ちなみに土佐弁は偽物じゃきに。

1月1日
土佐藩士・坂本龍馬が千葉重太郎・近藤長次郎らと共に大坂に向う。


1月2日
鳥取藩主・池田慶徳、徳島藩世子・蜂須賀茂韶、前宇和島藩主・伊達宗城、土佐藩主・山内豊範、津和野藩主・亀井茲監、岡藩主・中川久昭、熊本藩主細川慶順弟・長岡良之助等が学習院に参集し武家伝奏にて年頭の賀詞を上る。

1月2日
京都守護職・松平容保が初めて参内する。

1月3日
朝廷が江戸へ滞在中の前土佐藩主・山内豊信に上洛を要請する。

1月3日
対馬藩に伝奏・坊城俊定を通じて攘夷の勅諚・沙汰書が下る。

1月4日
薩摩藩士・大久保一蔵が江戸にて政治総裁職・松平慶永、前土佐藩主・山内豊信に謁し、征夷大将軍・徳川家茂の上洛延期について建議する。

1月4日
土佐藩士・武市半平太、間崎哲馬らが土佐へ向かう。

1月5日
征夷大将軍・徳川家茂の上洛の先発として、将軍後見職・一橋慶喜が入京し東本願寺に入る。

1月5日
長州藩士・高杉晋作、伊藤俊輔、山尾庸三、白井小助、赤禰武人らが吉田松陰、頼三樹三郎、小林良典等の遺骨を小塚原回向院から若林大夫山に改葬する。

1月7日
幕府が浪士取扱・松平主税助に浪士募集を命じる。

1月8日
前尾張藩主・徳川慶勝が京都に入りる。

1月8日
土佐藩士・坂本龍馬が望月亀弥太・千屋寅之助・高松太郎を勝門下に加える。


1月9日
土佐藩士・中岡慎太郎、長州藩士・久坂玄瑞が信州から京都に入る。

1月9日
薩摩藩士・大久保一蔵が京都へ入る。

1月10日
前土佐藩主・山内豊信が福岡藩蒸気船『大鵬丸』に乗込み京都へ向かう。

1月11日
土佐藩士・坂本龍馬が軍艦奉行並・勝義邦に従い望月亀弥太・千屋寅之助・高松太郎と共に大坂より船で兵庫に向う。


1月11日
国事御用掛・三条実美らが将軍後見職・一橋慶喜を訪ね攘夷期限の決定を迫る。

1月13日
土佐藩士・坂本龍馬が軍艦奉行並・勝義邦に従い望月亀弥太・千屋寅之助・高松太郎と共に幕府運搬船『順動丸』に乗船して兵庫を出港する。


1月13日
将軍後見職・一橋慶喜が学習院に詣り皇族の出家停止、春秋行幸の復興、青蓮院門主入道尊融親王還俗の三事を建言する。

1月13日
高槻藩士・宇野八郎、幕府側間謀とみなされ江戸新橋御用屋敷にて尊攘派志士により暗殺される。

1月14日
中座長屋役方・林助、京都所司代、町奉行に協力したとして大宮通御池上ルにて尊攘派志士により暗殺される。

1月15日
下田寄港中の前土佐藩主・山内豊信と軍艦奉行並・勝義邦が宝福寺で面談し、坂本龍馬の脱藩罪赦免が内諾される。

龍馬のブログ
1月16日
土佐藩士・坂本龍馬らが品川に到着し、軍艦奉行並・勝義邦邸に入る。


1月16日
尾張藩士・亀頭忠次郎病死。(43歳)

1月18日
軍艦奉行並・勝義邦が登城し、政権の返上を主張する。

1月19日
浪士取締役・山岡鉄太郎が近藤勇を呼び出し面談する。

1月19日
仙台藩士・中島虎之助病死。(46歳)

1月20日
関白・近衛忠熙、前右大臣・鷹司輔熙、青蓮院門主入道尊融親王等が協議し薩摩藩国父・島津久光の上京を促す。

1月21日
前土佐藩主・山内豊信が大坂に至り藩邸に入る。

1月21日
水戸藩士・原田兵介没。(72歳)

1月21日
長州藩士・香川助蔵、京都日ノ岡にて藩内急進派により暗殺される。(22歳)

1月22日
幕府の浪人募集策を批判する。

龍馬のブログ

1月23日
関白・近衛忠熙を罷め、前右大臣・鷹司輔熙を関白に任命する。

1月23日
儒者・池内大学、大坂の難波橋にて土佐藩士・岡田以蔵らにより暗殺され難波橋上に梟される。(50歳)

1月24日
千葉重太郎の尊王思想を批判する。


1月24日
第9代小島藩主・松平信進、死去。(51歳)

1月25日
前土佐藩主・山内豊信が京都に至り智積院に入る。

1月25日
軍艦奉行並・勝義邦の紹介で、海防掛・大久保忠寛に面会する。


1月26日
幕府が御小納戸役・中条金之助を浪士取扱に任命する。

1月27日
土佐藩士・武市半平太、平井収二郎、長州藩士・中村九郎、佐々木男也、志道聞多、久坂玄瑞、松嶋剛蔵、寺島忠三郎、神村斎宮、大和弥八郎、長嶺内蔵太、肥後藩士・住江甚兵衛、宮部鼎蔵、佐佐淳次郎、山田十郎、河上彦斎、対馬府中藩士・多田荘蔵、青木達右衛門、津和野藩士・福羽文三郎、水戸藩士・梶清次右衛門、下野隼次郎、金子勇次郎、山口徳之允、大胡聿蔵、高畑孝蔵、林五郎三郎、岡部藤助、大野謙助、西宮和三郎、川又才助、林長左衛門、赤須銀三らが京都東山の翠紅館にて談合、長州藩世子・毛利定広も臨席する。
(翠紅館会議)

1月28日
前土佐藩主・山内豊信が武市半平太を除く土佐勤王党員の政治活動を禁止する。

1月28日
勅命により尊融法親王が還俗する。

1月28日
千種家雑掌・賀川肇、千本通下立売東入ルの自宅にて姫路藩士により暗殺される。


カスタム検索




スポンサーサイト
別窓 | 文久3年(1863) | コメント:0 | トラックバック:0
<<浪士組 | 龍馬がブログ | 勝義邦に入門>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら


| 龍馬がブログ |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。