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龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
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脱藩罪赦免
2010-03-20 Sat 20:34
おっす龍馬ぜよ。今年は文久3年、29歳になったぜよ。

1月15日、勝先生と「順動丸」に乗って下田に入港したら偶然前土佐藩主・山内豊信公も嵐の為下田に停泊していたぜよ。

勝先生は早速「宝福寺」でてワシら土佐脱藩士の脱藩罪赦免を直談判してくれたぜよ。

山内公は快諾してくれたが酒の席の上でのことじゃきに、勝先生は証拠として一筆を要求したぜよ。

それではと山内公は証拠として瓢箪の絵に「歳酔三百六十回鯨海酔侯」と揮毫して与えてくれたぜよ。


十五日、午後、下田港へ入る。大砲船入津、滞泊するを見る。此夜、容堂公を訪う。生徒教育を頼まる。
(『海舟日記』)

文久三年春、将軍京師に入覲す。
正月、松平慶永侯、亦海路より入朝。
余、侯と同艦す。
帰途、下田港に入る時ニ容堂山内侯もまた海路入朝、同港に滞泊す。
余を邀て京地の近状を問へる。
我、其見聞する所を以て答、且侯に請て曰、侯家の士、近日過激を以て亡命之罪を得むとする者多し。
坂本龍馬以下八、九名、現に我か門下に潜匿す。
彼等、原悪意なし。
願ハ処之寛典を以てし其罪を赦れむか、やむなくは則以彼等、余に托さられむ歟。
若許容を承らは実に望外の幸ならむと。
侯不答え、手座側の一酒瓢をとりて曰、先一杯を尽せ。
不然は吾敢て不答と。
余強て一杯を尽す。
侯、撫掌て大笑曰、彼等の身事、一に君に任す。
再過激に失せしむるなかれと。
余曰、侯酔中の約、信をとりかたし。
乞ふ、其酒瓢を以て後日に証せむと。
侯、益笑て抽腰解揮灑以て余に与ふ。
曰、是を証とす。
大笑して止む。

(『亡友帖』)


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