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龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
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賀茂行幸
2010-05-18 Tue 21:37
賀茂行幸

文久3年3月11日、孝明天皇が攘夷祈願の為関白以下公卿及び将軍・諸大名を従え上・下賀茂神社へ行幸を行う。

小雨が降る中、それぞれが衣冠束帯の正装で関白大臣は輿に乗り、他は飾り馬に跨り御鳳輦の前後を囲み御所を出発。
午前11時頃下賀茂神社に到着、孝明天皇が攘夷祈願の神事を行い、将軍・徳川家茂に天盃を下賜。
午後1時頃下賀茂神社を出発し、上賀茂神社を廻り、午後10時頃御所へ戻った。


この時賀茂行幸を見物していた長州藩士・高杉晋作が、供奉する将軍家茂を『征夷大将軍』と野次を飛ばした逸話が残っています。


主な供奉者

前関白 : 近衛忠熙
熾仁親王
武家伝奏 : 坊城俊克、野宮定功
議奏 : 三条実美、阿野公誠
権中納言 : 冷泉為理
(以上先着)
関白 : 鷹司輔熙
右大臣 : 二条斉敬
内大臣 : 徳大寺公純
権大納言 : 近衛忠房
議奏 : 広幡忠礼
権大納言 : 日野資宗
権中納言 : 飛鳥井雅典、徳大寺実則
参議 : 橋本実麗、清水谷公正
征夷大将軍 : 徳川家茂
将軍後見職 : 一橋慶喜
老中 : 水野忠精、板倉勝静
若年寄 : 田沼意尊、稲葉正巳
水戸藩主 : 徳川慶篤
徳島藩主 : 蜂須賀斉裕
仙台藩主 : 伊達慶邦
鳥取藩主 : 池田慶徳
前宇和島藩主 : 伊達宗城
米沢藩主 : 上杉斉憲
熊本藩主 : 細川慶順
久保田藩主 : 佐竹義尭
長州藩世子 : 毛利定広
津和野藩主 : 亀井茲監
対馬藩主 : 宗義達
岡山藩主 : 池田茂政


既に大樹公も目出度御上洛ましましければ、不日、攘夷の御親征、兼て思し立も在させ給ひければ、将軍家にも供奉あらんとて、三月十一日、御首途の神詣に鴨下上へ御出輦、熙公・二条右府斉敬公・左大臣忠房卿・右大将公純・源中納言重胤・新大納言資宗卿・徳大寺中納言実則卿・飛鳥井中納言雅典卿・橋本宰相中将実麗卿・新宰相中将公正卿・清水谷少納言修長朝臣、中将には櫛笥隆韻朝臣・油小路隆晃朝臣・東園基敬朝臣・滋野井実在朝臣、少将には姉小路公知朝臣・正親町公薫朝臣・四辻公賀朝臣・東久世通禧朝臣、侍従には中山忠光朝臣・四条隆家、職事には左中弁経之朝臣・頭右中弁豊房朝臣・右少弁俊政、其外、地下官人・陰陽寮・典薬寮・主殿寮、各供奉せられ、又前後には武家方供奉、棟梁徳川内府家茂公・水戸中納言慶篤卿・一橋中納言慶喜卿・閣老水野侍従忠精朝臣・板倉侍従勝静朝臣・参政田沼玄蕃頭意尊・稲葉兵部少輔正巳、高家横瀬侍従貞固朝臣、中将侍従信礼朝臣・京極丹後守高冨・有馬兵部大輔広衆、町奉行滝川播磨守、付武家松平若狹守、諸侯には米沢少将斉憲・仙台中将慶邦・阿波中将斉裕・肥後少将広順・備前侍従修長・対馬侍従義達・佐竹侍従義尭・宇和島侍従宗城・亀井隠岐守茲監、各官位相当の衣冠を着し、束帯せられ、飾馬に跨り、月卿雲客と倶に連つて御鳳輦の前後を囲ひ、美々しく供奉したまひしは、目覚しかりける事どもなり。
総列の前後には、銃隊数百人付随ひ、御道筋には、武家、麻上下を着し、所々厳重に警衛せり。
其御行粧、有職の雲上、さは、実に皇国の御威徳有難くもあるかな。
近国近在よりもききつたへて、行幸を拝せんと、都鄙の貴賤、老若男女、加茂川原に群参し、道路に伏て感拝、落涙を催し、拍手を打て拝見せり。

(『元治夢物語』)


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