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龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
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将軍上洛
2010-05-20 Thu 21:06
将軍上洛

文久3年(1863)3月4日、征夷大将軍・徳川家茂が兵三千を率いて上洛し二条城に入る。


去程に、大樹公には、二月十三日、江戸表を御発輿在せられ、三月四日、御上洛、二条城へ着御ましまし、御さき供奉は榊原式部大輔政敬・閣老板倉侍従勝静・水野侍従忠精・参政稲葉長州正邦・田沼玄番意尊、君側坪内伊豆守・室賀美作守・村松出羽守・佐野伊予守、陸軍奉行大関肥後守、講武所頭取一色仁左衛門・塚原治左衛門、御鉄炮方田付四郎兵衛・井上左太夫、御書院番頭赤松左衛門尉、御小姓組頭有馬出雲守・松浦備前守、御小納戸頭取朝倉播磨守・須田淡路守、大目付伊沢美作守、御後供奉小笠原大膳太夫忠幹、御供押松平隠岐守勝成、其外御使番・御祐筆・医師・同朋等に至る迄、総て凡そ三千余人とぞ聞へし。
其内百人計り騎馬衆、銃手大小隊、凡七、八百人計り、然るに今日は伊勢両宮へ御勅使として柳原中納言光愛卿・藤波伊勢権守教忠卿、参向せらるるに就、大樹公は未明に御入京ましましけり。

(『元治夢物語』)


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