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薩摩藩国父・島津久光が帰国
2010-05-20 Thu 21:49
薩摩藩国父・島津久光が帰国

文久3年(1863)3月17日、薩摩藩国父・島津久光が帰国の途につく。

前関白・近衛忠熙邸に詣り、関白・鷹司輔熙、中川宮朝彦親王、将軍後見職・一橋慶喜、前土佐藩主・山内豊信らに、
・外国拒絶の不可
・堂上に国事掛りを命じべからざる事
・生麦事件の賠償金支払い
の三事を建議したが取り合ってもらえなかったことに憤慨し帰国する。


同十二日、嶋津三郎久光、再登京せられ、上書の趣、
「今般御内命を蒙り奉り、上京、仕、輦下の形勢、詳観察、仕候処、皇国の危急旦夕に迫り候趣、顕然に相見へ候に付、公武の重職方へ存慮献言仕候へども、御採用に相ならず、慷慨嘆息の外これなく、就ては無用の者滞京仕候ては、却て公武の御ために相ならず、讒口沸騰仕候ては、終に御目前騒乱を生じ候は、案の中と存じ奉り候。
且攘夷御決議の上は、国本の儀、三面は海岸、寸地も醜慮に掠奪致されざる様、防禦の用意厳重に申付候間、速に帰国仕」
との儀、申上置、同十七日、帰国せられけり。

(『元治夢物語』)


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