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龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
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勝海舟が私塾での海軍教授を許される
2011-06-15 Wed 15:04
文久3年(1863)4月27日、神戸海軍操錬所が正式に開設されるのは1年後の元治元年の為、勝海舟の私塾での海軍教授が許されました。


二十七日
                        勝 麟太郎
摂州神戸村、海軍所、御取建相成り、土着の者、追々御引移り相成るべく候。
就いては、海軍所御入用、并びに稽古入用として、年々金三千両宛相渡すべく候間、御取締りは勿論、御実備相成り候うよう取扱い、年々御勘定仕上げいたし差出さるべく候。
尤も津田近江守、松平勘太郎へ掛り仰せつけられ候間、談ぜらるべく候事。
其方、拝領高のうち五十俵、摂州神戸村最寄りにおいて、地方に御引替え下され候間、委細は御勘定奉行談ぜらるべく候事。

摂州神戸村最寄りへ相対を以て、地所借受け、家作いたし、海軍教授致し候儀、勝手次第致さるべく候事。

(『海舟日記』)


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