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龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
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密航留学生
2011-11-18 Fri 17:22
密航留学生

文久3年5月12日、長州藩士・伊藤俊輔、井上聞多、野村弥吉、遠藤謹助、山尾庸三ら五人が英船「チェルスウィック号」に乗船し英国留学に向け横浜から密出国をする。


概要

長州藩士・井上聞多、野村弥吉、山尾庸三らは攘夷を実現するためには西洋の技術を現地で学ぶことが必要であると藩の重臣である周布政之助に懇願。
日本の将来の為には人材の育成が不可欠と考えた周布は伊藤俊輔、遠藤謹助を加えた五人を英国へ送り込むことを決意する。

横浜を出港する直前、伊藤俊輔は侍として恥辱と考えられていた断髪、洋装をし
「ますらをのはじをしのびてゆくたびは すめらみくにのためとこそしれ」
と和歌を残した。

ロンドンに到着した五人はロンドン大学ユニヴァーシティカレッジに入学、現在も「学生登録簿」には彼らの名前が記されています。


その後の歩み
伊藤俊輔(博文)文久4年帰国。初代内閣総理大臣。
井上聞多(馨)文久4年帰国。外相・蔵相。
遠藤謹助 慶応2年帰国。大阪造幣局長、洋式新貨幣の鋳造
野村弥吉(井上勝)明治元年帰国。日本最初の鉄道を開通させる。「鉄道の父」
山尾庸三 明治元年帰国。工部卿、工業立国に功績。盲唖学校設立に尽力。

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