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龍馬が生きていた時代にもしブログがあったら…。 激動の幕末を歴史の推移と共に紹介し、京都・萩・鹿児島・高知など今に残る史跡を紀行していく。
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家里新太郎
2011-11-19 Sat 22:05
家里新太郎

生:文政10年(1827)
没:文久3年(1863)5月20日
儒者


略歴

文政10年、伊勢国松坂にて近藤平七の生まれる。

天保8年、叔父の儒家・家里悠然の養子となり家督を継ぐ。

小浦広名、鷹羽竜年、斎藤拙堂につき儒学を学ぶ。

嘉永元年、江戸に出て諸国の士と交わり、世古格太郎と共に尊皇攘夷論を唱える。

安政2年、京都に入り梁川星巌、頼三樹三郎、藤森弘庵らと奔走する。

安政の大獄から逃れ、紀州藩に対し志士の探索の緩和を献策する。

文久3年、尊攘派志士から公武離間活動をしていると誤解され、京都にて姫路藩士・伊舟城源一郎、江坂元之助、江坂栄次郎、松下鉄馬、市川豊次らにより暗殺される。37歳


一口メモ
養子先となった家里悠然は姉の嫁ぎ先である小林家からも養子を迎えている。後の壬生浪士組士の家里次郎である。


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